認知機能検査③

『認知機能検査①』『認知機能検査②』の続きである。

ぜひこれらを読んでからにしていただきたい。

今回は教習所などにおいて実施される認知機能検査の問題点について述べたい。

教習所など、と述べたことには意味がある。

実は認知機能検査は警察が実施している都道府県と教習所で実施している都道府県に分かれる。

この時点でもすでにアンフェアではあるが。私は幸いにというか教習所で実施する機会に恵まれてきた。

そこで感じてきた問題点、理不尽な点を申し上げたい。

現在の高齢者講習の制度になったのは平成29年3月。それ以前はこの検査は講習の中で実施していた。

まずはその時の話からしていこう。この時の認知機能検査は率直に言って無駄なだけの作業であった。

75歳以上の講習受講者に対して講習の中で認知機能検査を受けてもらうのだが、すでに講習を受講しているわけで検査結果に関係なく修了証明書が発行され運転免許は更新できる。0点でもだ。これはこれで大問題ではあるが実際の現場ではさらに醜い現実があった。確かに点数が悪くても運転免許更新はできる。しかし点数が著しく悪かった場合、教習所が各都道府県の運転免許課に通報しなくてはいけない仕組みになったいた。これが面倒だったのだ。どうせ免許更新ができて検査結果が悪ければ教習所だけに面倒な仕事が増えるのなら検査結果を細工した方がよい。どうせ意味のない検査なのだ。実際の現場では採点の際に少しだけ書き足して際どい点数になりそうな解答用紙に細工をすることはよくあった。文字を書き足すことは難しくても時計の針を伸ばすことなど容易だった。さらには実際に通報するのは事務スタッフなので検査を実施する際に事務スタッフからのプレッシャーもあった。



そして平成29年月に現在の制度に改定される。

75歳以上の方は、講習前に検査を実施してその検査結果において講習内容が決められるために各教習所は講習以外にこの検査を実施する曜日の設定と、さらには実施する教室の設置が必要になった。以前の意味のない検査だけ形式でやっていた時よりはマシかもしれないが、教習所の規模にもよるがこれは結構大変なことなのだ。そしてただでさえ高齢者講習は受講者が多く教習所での予約が取りにくい場合が多いのにこの検査が入ったおかげでさらに講習の実施回数が減りますます講習の予約が取りにくくなるという悪循環が生じた。

教習所が教室を改装したり設備投資をすれば当然それは社員の賞与などにも響く。誰も望んでいない設備投資で社員の士気はまた下がるのだ。

また検査も受検できる人数には制限があるので高齢者は警察から通知書が届いたらどこかの教習所に事前に電話予約をする。これが実に困る。まず高齢者は(このような言い方をして申し訳ないが)話が通じないことが多い。この制度についていくら説明しても理解できない人も多く長電話にもなる。実に面倒で会社の業務は高齢者の電話によって滞る。高齢者講習関係の専用の番号を用意している教習所も少なくはないが多くのスタッフはこの回線にかかってきた電話は取りたがらなかった。直接来校して予約を取る場合もあるがこのときも同様だ。

挙句の果てには電話で予約したにもかかわらず、そのことを本人が忘れて再度電話して予約を取ろうとする。対応するスタッフが異なれば気が付くことはできない。一人で複数の予約枠を独占してしまうのだ。また予約したことを忘れて当日に来校しないこともある。ただでさえ予約が取りにくいのに、こうしたこともあってさらに受検できるチャンスが減るのだ。

こうした状況を見て各都道府県警においては認知機能検査を警察で実施するように順次改めていく。検査は警察でやるから教習所はその分講習の回数を増やしてほしい、という意図だ。しかしである、すでに教習所はこれまでのために検査実施の教室などの設備投資をしてしまっている。今さら警察でやります。など都合がいいこと極まりない話なのだ。



また実際の検査実務上においても問題は多い。

検査中はまず携帯電話の電源を切ってもらうこと、回答中は声を出さないことをお願いする。

しかし聞こえなかったのか電源の切り方が分からなかったのか検査中に音を出してしまうこと方が多くいる。

検査中に携帯電話を操作すれば時間の見当識の課題は全てクリアできてしまう。回答中に声を出さないように言ってもブツブツと答えを言いながら書いている人もいる。(周囲の受験者に影響する)高齢者の場合、一度注意してダメなら複数回言っても無駄だ。理解出来なのだ。

検査は課題ごとに時間が設定されこちらの指示で始めたりやめたりするわけだが、これも勝手に始めたり終わっても続けていることもよくある。注意をすれば聞こえないふりだ。勝手に次のページまでめくっていたり、前に戻って思い出したことを書こうとする人も多くいる。検査を実施する現場はなかなかに混とんとしている。これでは公正な検査の実施などただの机上の空論に過ぎない。

また検査中にトイレに行きたがる高齢者もいる。始まる前に必ず注意を促してお手洗いには行ってもらっているはずだが、まあ人間なので仕方ないだろう。問題はこの受検者はその場合、他の人たちとは別に受けてもらうことになる。課題1つ1つに時間が設定されているのだから当然だ。困ったことに、この場合それに対応できるスタッフを急遽用意しなければならない。さらにトイレに行っている間に受検者はタイミングによって覚えたことを忘れてしまうし要領がよければカンニングできる。トイレに行く前に手荷物検査などするわけがない。

実際に検査を実施していてよく思ったことがある。受検者の中にはまともに話すこともできず、こちらの言っていることも理解できない人も多い。さらには歩くこともできないし付き添いの人がいなければ教室にも入れない人も多かった。にもかかわらず検査を実施して第二分類という判定で少し長くはなるが講習を受講して免許更新していく。この検査は多少答えることができれば大丈夫な程度の物だ。今の交通社会の現状を考えれば内容をもう一度精査する必要があろう。

採点の時も高齢者の書く解読不能に近い文字を必死に正解にしようと無理やり読んでいるし、要するにほぼ文字を書けなくなっても免許更新しているのだ。

少なくても今の認知機能検査では運転能力の有無を判定することなど全くできないと断言できる。言い切ってよい、私がずっと検査を実施してきたのだから。

今日の高齢者講習や認知機能検査は少なくても高齢者自身のためにはなっていないし、日本の交通社化においても何ら機能していない。そこにあるのは教習所の金儲けと警察の机上の空論と忖度だけだ。

最近では高齢者だけではないが悲惨な交通死亡事故の報道が数多くある。

私はこうした現実を知っているだけに悲しさと同時に教習所と警察に怒りを覚えるのだ。

ではそろそろ怒りに任せて高齢者講習の驚くべき事実を暴露したい。



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