日本航空123便②

『日本航空123便①』の続きである。

当記事では、日航機123便の墜落事故について語る。

ある程度の年齢の方なら皆が知っている内容ではある。

本ブログ、毎日多くの読者の方にご覧いただき本当に感謝申し上げたい。

アクセス数は容易に分かるのだが、いったいどの年齢層の読者が多いのかは残念ながら皆目見当もつかない。

自分で書いていてこう言うのもなんだが内容からして若い読者は少ないのではないかと思う。

しかし若い年齢層の読者のために、少し事故の概要を含めて話したい。

1985年8月12日羽田発、伊丹行 日本航空123便 搭乗者524名(乗客は509名)のジャンボジェットが群馬県の山中に墜落した。死者は520名、単独機の事故としては世界史上最悪の死者数である。著名人も多くなくなった。

離陸から12分後の18時24分、機体上昇中に大きな衝撃音(爆発音)がする。

機長たちは羽田に戻ろうと全力を尽くすも機体はコントロール不能に陥る。

機体後方にある垂直尾翼が吹き飛んでいたのだ、その際に4系統ある油圧のシステムが全て使用不能になるという全くの想定外が起きた。油圧が全てダウンするということは翼のフラップを全く動かせない、つまりは方向を変えることも高度を変えることも普通にはできない。

絶望的な状況でも高濱機長、佐々木副操縦士、福田航空機関士は全力を尽くした。機体に搭載された4つのエンジン出力を調整して必死に機体のコントロールを試みた。油圧以外の手段を用いてランディングギア(車輪)を出して高度を下げようとした。

激しく揺れる機体の中で乗客の一部は懸命に遺書を書き残した者が数名いた。これは異常発生から墜落まで時間があったことを意味するが乗客が味わった恐怖はすさまじい物であっただろう。

クルーたちの懸命の努力は、その後に公開されたボイスレコーダに録音されている。検索すれば簡単に聞くことができるので聞いたことがない人は聞いてみてほしいと思う。

この内容は改めて書かなくても知っている人が多いだろう。

その後になって発表された事故原因であるが、その機体に以前ほどこした修理のミスという結果であった。

詳細はこうだ。航空機は着陸時に地面に向かって機首を上げて近づいていくが、この時に機首を上げ過ぎれば機尾が接地してしまう。いわゆる尻もち事故だ。123便は以前にこの事故を起こしボーイング社に修理を依頼し完了させていた。機内の気圧を保つための圧力隔壁を修理したのだ。今回の事故はこの隔壁が飛行中に損傷、破裂しそれが原因で垂直尾翼を破壊した。機体後部には4つの油圧が集中する箇所があるので、それで油圧がダウンしたということだ。

生存者は4名。証言によれば墜落時はまだ多くの生存者がいたという。

ではなぜ4人しか助からなかったというと救出まで時間がかかったからだ。墜落の時刻は18時56分前後であるが実際の救助活動は14時間後の翌朝午前8時半からであった。

大まかに概要を言えばこうなる。

さてこの事故の原因の調査結果が出されたときに多くの方が納得できなかった。

多くの疑問が残りそれらに対して説明できていない調査内容だったからだ。

そもそもボイスレコーダーが公開されたのが事故から15年後である。

その疑問は様々な疑惑を生み陰謀説などと言われる自衛隊、米軍をめぐる様々な説を生み出した。

読者の皆さんはどのように思うかは分からないが、事故調査の報告は明らかにおかしい点があると言わざるを得ない。

世間で言われていることと大して違いはないができるだけ客観的に事実だけ言いたい。

・なぜボイスレコーダーの内容をすぐに公開しなかったのか?これによって123便のクルーの遺族は世間から猛バッシングを受けた。123便の機長であった高濱氏の娘である洋子さんは当時高校三年生。父親の姿を探したくても現場には乗客の遺族が大勢いた。ひと気がいなくなる夜を待って父親の姿を探したという。15年後にこれが公開されたことによって賢明に最期まで闘った機長の姿が遺族たちの心にも響いた。これが洋子さんにとって転機になったことは良かったのだが、なぜここまで時間がかかったのだろうか。そして公開された音声にも編集した(カット)痕跡があることを専門家が指摘している。

・ボイスレコーダーの音声の中で明らかに「オレンジエア」という言葉がクルーから発せられている。オレンジエアとは自衛隊が用いる無人標的機や誘導ミサイルのことである。機体に異常が生じて飛行が困難な時になぜこのような言葉を発したのか?どう考えてもそのタイミングでそれと思われる飛行体を確認していたに違いない。(ちなみにボイスレコーダの字幕にはオールエンジンと出るが、明らかにオレンジエアと言っている)

・機体に異常が起きてからすぐに羽田へ引き返すことを機長たちは決意する。しかしそれよりも在日米軍の横田基地が近くにあったため、基地への緊急着陸を検討する。基地との交信の末、基地への着陸は迎えられることになるが、なぜか123便は基地とは違う方向へと飛んでいく。これに対して当時は強い風が吹いていたという事実があったが高濱機長と横田基地との交信はボイスレコーダーが編集されたことによって謎になっている。何らかの別の圧力があったと考えるのも仕方がない。

・墜落があってしばらくの間、場所の特定がされなかった。ゆえに救助が遅れた。これが表向きの話だが、実際には在日米軍は墜落場所を把握し、救助をしようとしていた。当時米空軍の輸送機U130パイロット、マイケル・アントヌッチ中尉の証言では午後7時20分に墜落現場を確認している。その後米軍の救助ヘリを視認したのが8時50分。ヘリは救助隊員を降下させようとしたが横田基地から帰還命令が出る。日本政府は米軍に対して救助の申し出を断っていたのだ。その後米軍輸送機は午後9時20分に日本の自衛隊機が現地に到着したことを確認して帰還した。なぜ日本政府は人命がかかった緊急時に米軍の申し出を断ったのか?

・墜落現場の上野村では墜落していく123便を目撃していた人が実に多かった。墜落現場は本当はすぐに特定できていたのだ。しかしながら知らないふりををする政府に対して上野村の村民の皆さんは悔しかったに違いない。当時の村長ほか村民の皆さんは墜落現場をいち早く伝えるために努力した。しかしすべて無視され表向きの現場特定は墜落翌日の午前5時になる。政府が本当に墜落現場を本気で探しているのなら彼らの通報を無視するはずがない。やはり墜落する瞬間から政府は場所を把握していたが意図的に救助を遅らせる理由があったとしか考えらえない。

・静岡県藤枝市の上空を日航ジャンボ機が傾きながら飛行し、その5分後にファントム2機が日航機を追うように同じ方向に飛んで行ったという目撃証言がある。証言はしっかりしたものである。事実なら日航機123便は墜落までの間、自衛隊機に追尾されていたことになる。よって日本政府は初めから墜落場所を知っていたと考えられる。

・表向きには事故原因はボーイング社の修理ミスとなった。しかしその後日本はボーイングの機体ばかり購入する。ふつうに考えればおかしい。車を修理に出して結果その修理が原因で事故になった場合、そのメーカーの車をその後も買い続けようと考えるだろうか?ボーイング社は事故の原因について泥をかぶる形で何かいい契約を結んだのではないのだろうか?

まだまだ疑惑は数多い。これらは一般的によく言われている話であって検索すればどれだけでも出てくる話だ。

これを読んで、何をおかしなことを言っているんだ、と思っている読者の方も少なくないかもしれない。しかし事故の調査結果では説明ができない部分も多い上にそもそもボイスレコーダを編集していること自体がおかしい。事実を全て公開して初めて次に起きるかもしれない事故を防ぐ手がかりがあるのだ。

これらの話をまとめると日航機123便は自衛隊か米軍の発射した飛行体に接触したという説に行き着く。

世間で言う陰謀説だ。実は私もそんなことあるわけ・・・などと思っていた人間だ。

しかし考えを改めなければならないことが起きていた。当時、事故機の破片はかなり広範囲に散らばったのだが最近になって発見されたものもあったのだ。静岡県東伊豆町の沖合約2,5km推進160mの海底でそれと思われるものが見つかっている。事故原因の解明には一躍買う可能性があるが、この日航機の部品と思われる残骸はそのまま海に放置されている。これはどう考えてもおかしい。何か見つかってはまずい他の証拠を恐れているようにしか思えない。他にも南伊豆で暮らす農家の男性もジャンボ機の一部と思われる部品を発見。その後誰にも言うなという趣旨の脅迫電話がかかってくる、事情を知る近所の人たちにも同様のことがあった。それ以来男性の発見は集落全体としてもなかったことにされる。電話があって半月ほど経って見慣れないトラックが何台も集まったらしい。その後その部品は回収されて無くなっていたという。もし事故原因が圧力隔壁の修理ミスによる損傷ではなく外部から何かの衝突であれば、やはり新たな破片の発見は事実の隠ぺいについて極めて都合が悪いのだ。

520名という人命を失った。事故の原因には100%納得できる説明は難しいかもしれないがこの事故はあまりにも疑念が多き残りすぎた。客観的に考えるほど事故調査の報告は説明がおかしいのだ。

もし陰謀説が事故原因の真実だとすれば国家が民間機を撃墜、520名を殺したことになる。

国家とは国民を守らなければならない、国家が国民を犠牲にした時代、あの戦争のときと今も何も変わらないではないか。折しも本日は終戦の日(執筆時)。 政府閣僚の皆さん諸外国に配慮して靖国神社参拝のタイミングを探っているようだが、もしこの国のために戦って死んでいった英霊に感謝の誠を捧げる気持ちがあるのなら、もう一度、この事故について調査してはどうだろう。いや調査しなくても事実は分かっているのだから隠ぺいした事実を公開してほしいと心より願う。

少なくとも特定秘密保護法案など成立させている国家に期待しても無駄か・・・

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